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昔RPGが好きだった。RPGから学んだ人生哲学は多い。今思えば仕事でも役立つものが沢山ある。
- 何度聞いても同じ話をする人にはかまうな。
- 長老はたいてい大事な話する。長老から話を聞け。
- 説明書に肝心なことは書かれていない。
- セーブはこまめに。
- ラスボスは必ず変身するから、気を抜くな。
- 集中力は寝ないと回復しない。だから魔法を唱えられなくなる前に帰って寝ろ。
- 回復に専念してるようでは、そのうちにMPが尽きてやられる。攻撃の手をとめちゃいけない。
- パワーがあっても素早さが低いとターンが回ってこない。速いやつは使い勝手がいい。
- レベルの高いパーティーに紛れ込めばあっというまにレベルが上がる。
- ある程度したら、新しい土地へ行かないとレベルアップしなくなる。
- 物凄い経験値を貰える敵は、逃げ足がとんでもなく速い。
- 勇気と行動力があるヤツが一番偉い。
縮図だなー。
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中身は5千円ほどだったけど、カードなども入っていた。
財布を拾った場所の近くに交番などが無かったので、私はAに、
「近くの店とかに預ければいいじゃん」と言ったのだが、Aは「交番に届けた方が確実」と言った。
Aの言い分が正しいと私も分かってはいたので、しぶしぶそれにつきあった。
交番に行きがてら、友人は小さい頃の話をしてきた。
Aの家は、割と貧乏だった。そして、親戚づきあいもあまりなく、お年玉をもらったことがなかった。
毎年、冬休みがあけて周りの友人が「いくらお年玉をもらった」という話でもりあがっているのを、彼女は悔しい思いで聞いていたらしい。
しかし、小学校5年になって、Aは初めてお年玉をもらった。
「Aちゃんももう高学年だもんね」
母親はそう言って、お年玉をくれた。中身は千円。
周りの友達に比べて額は少なかったが、実はAがあこがれていたのはお年玉をいれるポチ袋。
年末に文房具屋さんなどに行くとかわいいものがけっこう売ってて、
スヌーピーやキティちゃんなどのキャラクターのポチ袋が欲しかったらしい。
で、母親が入れてくれたのは、Aがその当時大好きだったケロケロケロッピのポチ袋だった。
Aはうれしくて、財布代わりの小さい巾着に、千円とポチ袋を入れてランドセルにひっかけた。
お金を使うことなく、ずっとお守り代わりのようにそれを持ち歩いていたそうだ。
巾着自体、小学校の友達が北海道土産にくれたもの。
巾着、千円、ポチ袋と、Aの当時の宝物三点セットをいっぺんになくしてしまい、
そりゃあもうパニクったそう。
とにかく、自分が歩いた道をくまなく探し歩いた。しかし、みつからない。
気がつくと、遅い時間になっていた。そういうとき、タイミング悪く雨とか降ってくる。
巾着は布製で、もし見つかったとしても、三点セットはぐちゃぐちゃになってしまっているだろう。Aは泣きながら家に帰った。
家に帰る道すがら、交番の前を通った。
傘も差さずに遅い時間、とぼとぼ歩いている小学生に、交番のお巡りさんが気づいて声をかけてきた。
「どうしたの?」
腰をかがめて聞いてくるお巡りさんに、Aは感極まって号泣した。
お巡りさんは交番に彼女を入れて座らせ、タオルを貸してくれ、お茶をごちそうになった。
泣きやんだAにもう一度理由を聞いてくるお巡りさん。彼女は切れ切れに、宝物であるきんちゃくをなくしてしまったことを告げた。
お巡りさんはそれを聞くと、どんな巾着かと聞いてきた。
どうしてそこまで聞いてくるのかと思いつつ、彼女は「キタキツネの巾着」と答えた。そしたら、お巡りさんは満面の笑みをAにむけた。
そして彼は、「ジャッジャジャーン」と口でファンファーレを言いながら、机の上の箱からAの巾着を出してくれたそうだ。
Aが驚いていると、近所のおばあさんが散歩中、道に落ちていた巾着を拾って届けてくれたらしい。
おばあさん曰く、「小さい子供にとっては、これが宝物かもしれないから」
まさにその通りだった。Aは目の前にある巾着が信じられなくて、また号泣してしまったらしい。
「それ以来、落とし物は交番に届けることにしてる」
Aはそう言った。
おばあさんはお礼を言いに来たAをしきりに褒めてくれて、孫にお年玉にあげる際に買って余ったからと、
キティちゃんのポチ袋をAにくれた。
交番に着いて財布をお巡りさんに渡した後に入ったスタバで、Aはその時のケロッピとキティちゃんのポチ袋を、財布から大事そうに出して見せてくれた。
彼女はにこにこしながら、「今の彼氏、そのばあちゃんの孫」と言った。
なんか、繋がってるんだね。人って。
彼、当時大好きだったらしいww
14 名前:1/3[sage] 投稿日:2006/08/12(土) 14:25:51 ID:zSR5mwd0
以前、友人Aと歩いていたときに、Aが財布を拾った。中身は5千円ほどだったけど、カードなども入っていた。
財布を拾った場所の近くに交番などが無かったので、私はAに、
「近くの店とかに預ければいいじゃん」と言ったのだが、Aは「交番に届けた方が確実」と言った。
Aの言い分が正しいと私も分かってはいたので、しぶしぶそれにつきあった。
交番に行きがてら、友人は小さい頃の話をしてきた。
Aの家は、割と貧乏だった。そして、親戚づきあいもあまりなく、お年玉をもらったことがなかった。
毎年、冬休みがあけて周りの友人が「いくらお年玉をもらった」という話でもりあがっているのを、彼女は悔しい思いで聞いていたらしい。
しかし、小学校5年になって、Aは初めてお年玉をもらった。
「Aちゃんももう高学年だもんね」
母親はそう言って、お年玉をくれた。中身は千円。
周りの友達に比べて額は少なかったが、実はAがあこがれていたのはお年玉をいれるポチ袋。
年末に文房具屋さんなどに行くとかわいいものがけっこう売ってて、
スヌーピーやキティちゃんなどのキャラクターのポチ袋が欲しかったらしい。
で、母親が入れてくれたのは、Aがその当時大好きだったケロケロケロッピのポチ袋だった。
Aはうれしくて、財布代わりの小さい巾着に、千円とポチ袋を入れてランドセルにひっかけた。
お金を使うことなく、ずっとお守り代わりのようにそれを持ち歩いていたそうだ。
15 名前:2/3[sage] 投稿日:2006/08/12(土) 14:26:22 ID:zSR5mwd0
しかし、ある日その巾着をなくしてしまった。巾着自体、小学校の友達が北海道土産にくれたもの。
巾着、千円、ポチ袋と、Aの当時の宝物三点セットをいっぺんになくしてしまい、
そりゃあもうパニクったそう。
とにかく、自分が歩いた道をくまなく探し歩いた。しかし、みつからない。
気がつくと、遅い時間になっていた。そういうとき、タイミング悪く雨とか降ってくる。
巾着は布製で、もし見つかったとしても、三点セットはぐちゃぐちゃになってしまっているだろう。Aは泣きながら家に帰った。
家に帰る道すがら、交番の前を通った。
傘も差さずに遅い時間、とぼとぼ歩いている小学生に、交番のお巡りさんが気づいて声をかけてきた。
「どうしたの?」
腰をかがめて聞いてくるお巡りさんに、Aは感極まって号泣した。
お巡りさんは交番に彼女を入れて座らせ、タオルを貸してくれ、お茶をごちそうになった。
泣きやんだAにもう一度理由を聞いてくるお巡りさん。彼女は切れ切れに、宝物であるきんちゃくをなくしてしまったことを告げた。
お巡りさんはそれを聞くと、どんな巾着かと聞いてきた。
どうしてそこまで聞いてくるのかと思いつつ、彼女は「キタキツネの巾着」と答えた。そしたら、お巡りさんは満面の笑みをAにむけた。
そして彼は、「ジャッジャジャーン」と口でファンファーレを言いながら、机の上の箱からAの巾着を出してくれたそうだ。
Aが驚いていると、近所のおばあさんが散歩中、道に落ちていた巾着を拾って届けてくれたらしい。
おばあさん曰く、「小さい子供にとっては、これが宝物かもしれないから」
まさにその通りだった。Aは目の前にある巾着が信じられなくて、また号泣してしまったらしい。
「それ以来、落とし物は交番に届けることにしてる」
Aはそう言った。
16 名前:3/3[sage] 投稿日:2006/08/12(土) 14:28:15 ID:zSR5mwd0
次の日、母親と一緒に拾ってくれたおばあさんにお礼を言いに行ったそうだ。おばあさんはお礼を言いに来たAをしきりに褒めてくれて、孫にお年玉にあげる際に買って余ったからと、
キティちゃんのポチ袋をAにくれた。
交番に着いて財布をお巡りさんに渡した後に入ったスタバで、Aはその時のケロッピとキティちゃんのポチ袋を、財布から大事そうに出して見せてくれた。
彼女はにこにこしながら、「今の彼氏、そのばあちゃんの孫」と言った。
なんか、繋がってるんだね。人って。
17 名前:14[] 投稿日:2006/08/12(土) 14:38:37 ID:zSR5mwd0
あ、蛇足だけど、キティちゃんのポチ袋は、おばあさんがAの彼氏のために買ったもの。彼、当時大好きだったらしいww
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もうすぐ結婚する子が「この人となら幸せになれるって思うのはかんたんだけど、この人となら一緒に不幸になってもがんばれるって思えたから結婚しようと思ったの」って言ってたんです
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あるクリスマスの日の出来事です。
うちには6才の息子がいます。
我が家では、クリスマスイヴの夜、子供たちが寝静まった枕もとに
おもちゃをそっと置いて、翌日の朝、子供たちが目を覚ました時に、
おもちゃを見つけて、「わ~、サンタがきた~!」 と、喜び、そして、
そのおもちゃで遊ぶ、ということを年中行事にしていました。
その年もまた、同じように、子供たちの枕もとにおもちゃを置きました。
寝静まってから・・・。
次の朝、子供たちが起きた時に、「わ~、サンタがきた~!」 と
いつもと同じ光景が起こると思っていました。
そう信じていました・・・。
買ったおもちゃは、子供用のコンピューターでした。
そのコンピューターの電源を入れた時に、事件が起こりました。
電源をいくら入れてもつかないんです。
壊れていたんです。
お昼になるのを待って、買ったおもちゃ屋さんに電話を入れました。
責任者の方が出てこられて、こんな対応をされました。
「あー、故障ですか。それは申し訳ないですねー。
でもね、それは作ったメーカー側の責任なんです。
メーカーのお客様相談室に電話をしてください。
電話番号を言いますんでー」と。
少し「ん?」と思いながらも、おもちゃメーカーに、妻が電話をしたんです。
クリスマスの日に、おもちゃメーカーに電話してみるとわかりますが、
繋がらないんですよね。
1時間に4回くらいの割合で、夕方くらいまでかけたんです。
タイミングも悪かったとも思うんですが・・・。
けれども、その日はとうとう繋がらなかったんです。
お昼をすぎた頃、息子は泣き始めました。
新しいおもちゃで遊べない。。。
泣く気持ちもわかるんだけど、その泣く息子を見て、妻は
「あんた、ちょっとくらい我慢しなさいよ」 と・・・。
これはサンタさんからのプレゼントだから、僕も
「俺らが我慢しろよってのもおかしいだろ!」 と
取り乱す一幕もあったんですが・・・。
しびれをきらして、夕方4時を回ったころに、買ったおもちゃ屋さんに
もう一度、妻が電話をしました。
同じ人が出てきて、同じ対応をされました。
そこで、僕はちょっと腹が立つのをこらえて、電話を変わりました。
そしてこう言いました。
「クリスマスの日、お忙しいのに、故障の電話なんかして
申し訳ありません。もう修理は結構です。もういいんです。
電話を変わったのは、一つだけ、お伝えしたい事があったんです」
「はあ?」 と相手の人は、警戒心を強められました。
何、言うんだろうな、電話を変わってまで・・・と思ったでしょうね。
僕はかまわず、こう続けました。
「僕が、そちらのお店で買ったもの、それはなんだか解りますか?
僕が買ったもの、それは・・・
サンタクロースは、子供たちの心の中にいますよね。
子供たちは、イヴの夜、サンタに会おうと、夜更かしをするんです。
一時間経っても二時間経っても現れる様子はないんです。
そして、睡魔には勝てず、とうとう寝てしまいます。
次の朝には、枕もとにはおもちゃが置かれている。
そのおもちゃを見て、
「あー、サンタは本当にいたんだー」
そう思って、心踊らされて、遊ぶ。
その夢と子供たちの感動に、僕はお金を払ったんです。
僕がそちらで買ったもの、それはおもちゃでは無いんですよ。
その夢と感動です。
だから、クリスマスに、このおもちゃで遊べる事が、どれ程大切かという事を、
それだけは理解していただきたいと思うんです。
また、余裕がある時に修理の方をお願いします」
そう言いました。
そして電話を切ろうとした時です。
その人は、しばらく黙っていました。
その後こう言われました。
「お客様、時間をいただけますか?」
「お客様がお買いになった子供用のコンピューター。
超人気商品で、この店には在庫はございません」
それを聞いて、調べてくれたんだなぁと思って、胸が「ぐっ」となりました。
「でも支店を探してみれば、一つくらいあるかも知れません。
もしあれば、今日中に届けさせていただきたいと思います。
ちょっと時間をいただけますか?」
「えっ、本当ですか?本当にあれば子供は凄く喜びます。
お願いします」
僕は、そう言って電話を切りました。
電話を切ったあと僕は、「頼む。あってくれよ!」と期待に胸が
張り裂けんばかりでした。
そして、ピンポンが鳴るのを心待ちにして、待ちました。
しかし、夜の8時になっても、誰も来る気配はありません。
子供たちは、すっかり寝支度ができて、布団の中に入りました。
「間に合わなかったな。きっと無かったんだな。
今年のクリスマスはガッカリだったな。
でも、こんな時もあるよな・・・」
と諦めていた、その時です。9時頃でした。
「ピンポ~ン!」 とベルが鳴りました。
僕は「よし、来た!」っと、小さくガッツポーズをしながらも、
何食わぬ顔で子供たちを部屋に残し、玄関に向かいました。
ドアを開けたら、その人がコンピューターを抱えて立っていました。
しかも、サンタクロースの服を着て・・・。
僕は驚きました。
「えっ、サンタ?!」 と思わず口に出ました。
その人は言いました。
「サンタクロースです。お子さんをお呼び下さい」
僕は、漠然とスーツ姿の人を、想像していました。
スーツ姿で、代わりのコンピューターを持ってくる、そう思っていました。
でも、僕の前に立っていたのはサンタでした。
僕は興奮して、子供たちを呼びに行きました。
「早く降りておいで」
子供たちは、何事かと、どたどた階段を下りてきました。
そして、その人の姿を見た瞬間
「サンター!サンタだー!!」
驚きながらも、次の瞬間にはピョンピョン跳ねていました。
サンタはしゃがんで、子供たちの目線に合わせてこう言いました。
「ごめんね。サンタのおじさん忙しくてね。
壊れたおもちゃを持ってきてしまったんだ。
ごめんね。はい、これはちゃんと動くからね。
お利口にしていたら、来年もまた来るからね」
そう言って、頭を撫でてくれました。
僕は、子供たちを部屋に戻して、その人にお礼を言いました。
「ありがとうございました。本当に子供の夢をつないでくれました。
サンタにまでなっていただいて、本当にありがとうございました」
その人はこう言いました。
「私たちが売っている物はおもちゃではないんです。
夢と感動なんです。
忙しさにかまけて、大切な物を忘れていました。
それを教えてくれて、ありがとうございます」 と。
「とんでもないです。こちらこそ本当にありがとうございます。
こんなことをしていただけるなんて、これから僕は一生あなたの店からおもちゃを買います。
いい社員さんがいる会社ですね」
と僕はそう言いました。
その人は泣かれました。
僕も思わず泣いてしまいました。
その夜はとても不思議な気分で眠れませんでした。
眠らなくてもいい、そう思いました。
「なぜ、あの人はサンタの服できたんだろう?」
そう考えるとずーっと考えていました。
そして、いきついた言葉、それは「感動」でした
うちには6才の息子がいます。
我が家では、クリスマスイヴの夜、子供たちが寝静まった枕もとに
おもちゃをそっと置いて、翌日の朝、子供たちが目を覚ました時に、
おもちゃを見つけて、「わ~、サンタがきた~!」 と、喜び、そして、
そのおもちゃで遊ぶ、ということを年中行事にしていました。
その年もまた、同じように、子供たちの枕もとにおもちゃを置きました。
寝静まってから・・・。
次の朝、子供たちが起きた時に、「わ~、サンタがきた~!」 と
いつもと同じ光景が起こると思っていました。
そう信じていました・・・。
買ったおもちゃは、子供用のコンピューターでした。
そのコンピューターの電源を入れた時に、事件が起こりました。
電源をいくら入れてもつかないんです。
壊れていたんです。
お昼になるのを待って、買ったおもちゃ屋さんに電話を入れました。
責任者の方が出てこられて、こんな対応をされました。
「あー、故障ですか。それは申し訳ないですねー。
でもね、それは作ったメーカー側の責任なんです。
メーカーのお客様相談室に電話をしてください。
電話番号を言いますんでー」と。
少し「ん?」と思いながらも、おもちゃメーカーに、妻が電話をしたんです。
クリスマスの日に、おもちゃメーカーに電話してみるとわかりますが、
繋がらないんですよね。
1時間に4回くらいの割合で、夕方くらいまでかけたんです。
タイミングも悪かったとも思うんですが・・・。
けれども、その日はとうとう繋がらなかったんです。
お昼をすぎた頃、息子は泣き始めました。
新しいおもちゃで遊べない。。。
泣く気持ちもわかるんだけど、その泣く息子を見て、妻は
「あんた、ちょっとくらい我慢しなさいよ」 と・・・。
これはサンタさんからのプレゼントだから、僕も
「俺らが我慢しろよってのもおかしいだろ!」 と
取り乱す一幕もあったんですが・・・。
しびれをきらして、夕方4時を回ったころに、買ったおもちゃ屋さんに
もう一度、妻が電話をしました。
同じ人が出てきて、同じ対応をされました。
そこで、僕はちょっと腹が立つのをこらえて、電話を変わりました。
そしてこう言いました。
「クリスマスの日、お忙しいのに、故障の電話なんかして
申し訳ありません。もう修理は結構です。もういいんです。
電話を変わったのは、一つだけ、お伝えしたい事があったんです」
「はあ?」 と相手の人は、警戒心を強められました。
何、言うんだろうな、電話を変わってまで・・・と思ったでしょうね。
僕はかまわず、こう続けました。
「僕が、そちらのお店で買ったもの、それはなんだか解りますか?
僕が買ったもの、それは・・・
サンタクロースは、子供たちの心の中にいますよね。
子供たちは、イヴの夜、サンタに会おうと、夜更かしをするんです。
一時間経っても二時間経っても現れる様子はないんです。
そして、睡魔には勝てず、とうとう寝てしまいます。
次の朝には、枕もとにはおもちゃが置かれている。
そのおもちゃを見て、
「あー、サンタは本当にいたんだー」
そう思って、心踊らされて、遊ぶ。
その夢と子供たちの感動に、僕はお金を払ったんです。
僕がそちらで買ったもの、それはおもちゃでは無いんですよ。
その夢と感動です。
だから、クリスマスに、このおもちゃで遊べる事が、どれ程大切かという事を、
それだけは理解していただきたいと思うんです。
また、余裕がある時に修理の方をお願いします」
そう言いました。
そして電話を切ろうとした時です。
その人は、しばらく黙っていました。
その後こう言われました。
「お客様、時間をいただけますか?」
「お客様がお買いになった子供用のコンピューター。
超人気商品で、この店には在庫はございません」
それを聞いて、調べてくれたんだなぁと思って、胸が「ぐっ」となりました。
「でも支店を探してみれば、一つくらいあるかも知れません。
もしあれば、今日中に届けさせていただきたいと思います。
ちょっと時間をいただけますか?」
「えっ、本当ですか?本当にあれば子供は凄く喜びます。
お願いします」
僕は、そう言って電話を切りました。
電話を切ったあと僕は、「頼む。あってくれよ!」と期待に胸が
張り裂けんばかりでした。
そして、ピンポンが鳴るのを心待ちにして、待ちました。
しかし、夜の8時になっても、誰も来る気配はありません。
子供たちは、すっかり寝支度ができて、布団の中に入りました。
「間に合わなかったな。きっと無かったんだな。
今年のクリスマスはガッカリだったな。
でも、こんな時もあるよな・・・」
と諦めていた、その時です。9時頃でした。
「ピンポ~ン!」 とベルが鳴りました。
僕は「よし、来た!」っと、小さくガッツポーズをしながらも、
何食わぬ顔で子供たちを部屋に残し、玄関に向かいました。
ドアを開けたら、その人がコンピューターを抱えて立っていました。
しかも、サンタクロースの服を着て・・・。
僕は驚きました。
「えっ、サンタ?!」 と思わず口に出ました。
その人は言いました。
「サンタクロースです。お子さんをお呼び下さい」
僕は、漠然とスーツ姿の人を、想像していました。
スーツ姿で、代わりのコンピューターを持ってくる、そう思っていました。
でも、僕の前に立っていたのはサンタでした。
僕は興奮して、子供たちを呼びに行きました。
「早く降りておいで」
子供たちは、何事かと、どたどた階段を下りてきました。
そして、その人の姿を見た瞬間
「サンター!サンタだー!!」
驚きながらも、次の瞬間にはピョンピョン跳ねていました。
サンタはしゃがんで、子供たちの目線に合わせてこう言いました。
「ごめんね。サンタのおじさん忙しくてね。
壊れたおもちゃを持ってきてしまったんだ。
ごめんね。はい、これはちゃんと動くからね。
お利口にしていたら、来年もまた来るからね」
そう言って、頭を撫でてくれました。
僕は、子供たちを部屋に戻して、その人にお礼を言いました。
「ありがとうございました。本当に子供の夢をつないでくれました。
サンタにまでなっていただいて、本当にありがとうございました」
その人はこう言いました。
「私たちが売っている物はおもちゃではないんです。
夢と感動なんです。
忙しさにかまけて、大切な物を忘れていました。
それを教えてくれて、ありがとうございます」 と。
「とんでもないです。こちらこそ本当にありがとうございます。
こんなことをしていただけるなんて、これから僕は一生あなたの店からおもちゃを買います。
いい社員さんがいる会社ですね」
と僕はそう言いました。
その人は泣かれました。
僕も思わず泣いてしまいました。
その夜はとても不思議な気分で眠れませんでした。
眠らなくてもいい、そう思いました。
「なぜ、あの人はサンタの服できたんだろう?」
そう考えるとずーっと考えていました。
そして、いきついた言葉、それは「感動」でした
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人からどう見られるかが気になって、気になって、ストレスレベルはものすごかったんです。常に競争して、今日はアップ、今日はダウン、と一喜一憂していました。自分にはダメだしばかりしている自分にも疲れ切っていました。でも一方で、「自分のものさし=自分の幸せ」にフォーカスしている人は、とても幸せそうなんですよね。幸せは外側にあるのではなく、心の内側にあるものだと思いました。
加えて、私は世銀時代、トレーニングを受けて、末期のガン患者などのターミナルケアのカウンセリングのボランティアをしていました。そこで患者さんたちと話していると、どんなに財産を築いた人であろうとなかろうと、言うことはみんな同じだと気付くのです。それはれ人生の最後で誰もが人間同士の絆について話すということです。「あの人といて楽しかった。あの時のこと語り合いたい」「あの人に謝りたい」「もっと子供と仲良くすればよかった」「あの人に感謝を伝えたい」・・。最後に頭をよぎるのは過ぎてきた人生の人間関係のことだけだったのです。「年収がもっと欲しかった」「もうひとつ別荘やクルーザーが欲しかった」「管理職になりたかった」「地位や名誉が欲しかった」なんて話は一切出てきません。
人生の最後に旅立つ人が、私にくれた貴重な情報 - 他人からの評価や物欲ではなく、人と人との関係性・絆を大切にして、自分の人生の真ん中にしつらえておこう。それさえ真ん中に置いておけば、たとえ環境や条件が変わろうと自分の人生がそうぶれることはないだろう、そう思いましたね。







